たとえ個別指導やコーチングであっても、その内容や方針があっていなければ「個別」の意義は獲得できません。 言い換えれば、「個別」の価値を受け取るためには「本物」を見抜くリテラシーが必要なのです。 その点、弊社の受験指導はすべて自分が担当します。私の動画をご覧になり、他との違いを見抜いてここまで辿り着いてもらえる見識をお持ちならば、勧誘も説得も必要ないと思います。私自身が、一人一人の受講生と向き合い、頂いたお金以上の対価を提供することを約束します。 そして、受講生が大学進学後、望むキャリアを選べるように導いていきます。自分を信頼し、自分に賭けて頂いた結果、満足いく成果と内実を獲得して頂くことはwin-winであり、それが私藤原にとってのしあわせであります。
金八先生のような中学、高校の先生になろうと考えていたが、塾・予備校講師に自分のいきがいと社会的存在意義を見出し、講師として生きていくことを決める。在学中は自分の時間の80%を、目の前の生徒たちと講師としての自分を磨くことに費やした。
塾・予備校業界の理不尽さ、圧力の中で独立を決める。
埼玉県和光市の一室で「ふじわら塾」をはじめ、2室借りたあと、近くに空きがあったのでテナントを借りて、塾名を「ロジカルスタディ」に変える。
当時、ロジカルスタディという名前は生徒たちにかなりdisられたが、今あるロジカルスタディという塾に採用されている(自分とは無関係・商標登録取っていない)ので、自分の見る目は間違っていなかったと分かる。
当時の家賃(テナント代)は、11万(1室)⇒22万(2室)⇒35万とステップアップ。
自営業を始めると同時に、増田塾で国語科の講師として採用されて時間講師を始めた。自社がうまく行かなかった時の収入上の保険として考えていた。
4~5シーズン終えたところで、増田塾社長から、正社員登用の誘いがあってそれを受けることにして自分の塾を閉じる決断をする。当時の「ロジカルスタディ」では、増田塾社長の増田先生に英語を教えに来てもらっていて、あまり増田塾とやっていることが変わらなくなっていた。増田塾が拡大してきて、力を貸して欲しいとの依頼があったため、熟慮の末、決めた。 「ロジカルスタディ」の最終年度生は、新高3のみにし、そのすべてを隣駅の増田塾朝霞校に、特別割引をつけて移籍してもらった。「ロジカルスタディ」の経営は順調だったが、兼業の自営業だったので、まったく時間がなかった。他の主な決断理由は以下の5点である。今振り返っても、正解だったと思う。
増田塾の創業と拡大において、自分のやるべき仕事は一段落し、後進への引き継ぎと教育に移ってきた。自分の今後を考えて「産業カウンセラー」の資格を取得した。生徒達を受からせるために必要な方法論として、生徒達の心理・人間性の育み方に関心が移ってきた。
増田塾がZ会にバイアウトされ、自分も契約を業務委託契約に変えてもらい、別の道を探り始めた。それが今の「オフィス藤原」であり、集団指導ではカヴァーしきれない生徒達の細かなケアや指導、受験後の就活指導を行っている。自分の思う、納得できる最高のサービスを生徒に提供できているのがしあわせである。
現在
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